忘れられた超大国の戦争犯罪とウクライナ危機の真実2022年2月24日、ロシアがウクライナへ電撃侵攻した瞬間、世界は息を呑んだ。
プーチン大統領は演説で「アメリカもコソボ、イラク、リビアで同じことをした」と開き直った。
この主張に、誰よりも鋭く答えたのが「存命する世界最高の知識人」ノーム・チョムスキー(93歳、当時)だ。
彼はロシアの侵略を断固非難しつつ、こう断言する——
「先に裏切ったのはロシアではなく、アメリカだった」以下、インタビュー全文を、歴史の文脈とともに再構成した要約記事をお届けする。
(元記事:/2022年3月1日掲載・2024年6月再掲)
1.国際法は死んだのか?
――ロシアの侵攻は国連憲章違反。プーチンは米国の過去の違反を盾に正当化しているが?
チョムスキー:
「プーチンの言い分に正当性はゼロだ。侵略は侵略。それを“お前も悪い”で帳消しにはできない。
だが、アメリカが国際法を骨抜きにしたのも事実。冷戦後、米国は“法の外で生きる特権階級”を自認した。
クリントン政権は公式ドクトリンでこう宣言した——
『主要市場・エネルギー・戦略資源への無制限アクセスを守るため、米国は一方的に武力行使する権利を保持する』
これが全ての悲劇の始まりだ。」
2.コソボ空爆(1999)
――NATOがセルビアを71日間爆撃。民間人1500人死亡。

チョムスキー:
「南アフリカの法学者リチャード・ゴールドストーン率いる独立委員会は、こう結論づけた。
『NATOの空爆は違法だが、正当』
これは中世の“王権神授説”と同じ。
空爆前、セルビアとコソボ解放軍(KLA)の和平交渉は進行中だった。
米国のウィリアム・ウォーカー大使がKLAに“もっと過激になれ”と囁き、交渉を潰した。
結果、NATOはロシアに事前通告すらせず爆撃を開始。
ロシア外務省は“冷戦後の欧州安全保障協定を一方的に破棄した”と激怒。
これがプーチンの“裏切り体験”の原点だ。」
3.イラク侵攻(2003)――
“大量破壊兵器”という嘘で始まった戦争。死者100万人超。
チョムスキー:
「ニュルンベルク裁判でナチスが絞首刑になった“予防攻撃”そのもの。
国連安保理は拒否した。英仏も反対した。
それでも米国は単独で侵攻。
開戦3日後、BBC記者がブッシュに尋ねた。
『国際法はどうなる?』
ブッシュは笑って答えた。
“International law? I better call my lawyer.”
(国際法? 弁護士に電話するよ)
これが超大国の本音だ。」
4.リビア空爆(2011)――
国連決議2071は「民間人保護のための飛行禁止空域」だけを認めた。
チョムスキー:
「ロシアは拒否権を使わず“人道目的なら”と妥協した。
その30分後、NATOはトリポリを爆撃。
決議を“政権転覆許可証”にすり替えた。
カダフィ大佐は殺され、リビアは奴隷市場が復活する“失敗国家”に。
ロシアは学んだ。
『西側との交渉は無意味。次は絶対に譲らない』
——そして2022年、ウクライナで同じパターンが繰り返された。」

5.経済制裁は誰を苦しめるのか?――
西側はロシアを“金融的に孤立”させた。効果は?
チョムスキー:
「制裁はプーチンを倒せない。
ロシアは“泥棒政治国家”だが、資源はある。
制裁でルーブルは暴落したが、1年後には過去最高値。
なぜなら中国が全て買い取ったからだ。
制裁は中ロを“運命共同体”に変えた。
2022年2月4日、北京冬季五輪開会式。
プーチンと習近平は“無制限の友好”を宣言。
その20日後、ウクライナ侵攻。
これは偶然ではない。
**アメリカが押し上げた“新冷戦”**だ。」
6.ウクライナに逃げ道はあるのか?
チョムスキー:
「ゼレンスキー大統領はNATO加盟を憲法に書いた。
これはロシアにとって“レッドライン”。
2014年のマイダン革命後、米国はウクライナに150億ドルの武器を注ぎ込んだ。
2021年9月、米ウ合同演習“シーブリーズ”。
黒海でNATO艦隊がロシア国境20kmまで接近。
プーチンは“これ以上は耐えられない”と判断した。
解決策は簡単だ。
- ウクライナのNATO不参加を文書化
- ドンバスに“ミンスク合意”レベルの自治
- クリミアの“現状維持”を事実上認める
これを拒否したのは誰か?
2022年3月、イスタンブール和平交渉。
ロシア側は撤退を約束。
英米がゼレンスキーに“戦え”と圧力をかけ、交渉は決裂。
戦争を長引かせたのは西側だ。」
7.忘れられた超大国の戦争犯罪リスト
チョムスキーが挙げる“米国単独侵攻”20件(1991年以降)

- 1989-90 パナマ侵攻
ブッシュSr.政権 死者3,000人超
麻薬撲滅名目で首都を火の海に - 1991 湾岸戦争・トルコ空爆
クルド人保護区を無視命で爆撃 - 1992-94 ソマリア空爆
国連決議なしで米軍単独空爆 - 1993 イラク“飛行禁止空域”強制
国連決議なしで13年間継続 - 1994 ハイチ政権転覆支援
CIAがフランコワ将軍をクーデター - 1995 ボスニア“デリバー操作”
NATOと並行して米単独空爆 - 1996 イラク“砂漠の狐”
クリントン単独でバグダード爆撃 - 1998 スーダン・アスピリン工場爆破
アルカイダ報復と称して民間工場全壊 - 1998 アフガン・アルカイダ拠点爆撃
国連決議なしでトマホーク100発 - 1999 ユーゴ空爆(コソボ)
71日間 民間人1,500人死亡 - 2001 アフガニスタン侵攻
安保理決議は「自衛権」のみ
20年で死者24万人 - 2002 イエメン初のドローン暗殺
CIA単独でアルカイダ幹部殺害 - 2003 イラク侵攻
“予防戦争” 死者100万人超 - 2004 ハイチ再クーデター
アリスティド大統領を米軍機で追放 - 2007 ソマリア再侵攻
エチオピア軍を米軍が空爆支援 - 2011 リビア空爆
決議2071を“政権転覆”に拡大解釈 - 2014 シリアISIS空爆
アサド政権領内を無許可で爆撃 - 2015 イエメン戦争全面支援
サウジにクラスター爆弾を供給 - 2017 シリア・シャイラート空爆
トランプ単独でトマホーク59発 - 2021 アフガン撤退直前ドローン誤爆
カブールで子供7人を含む10人即死
米軍は「正当な標的」と主張
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合計死者推計:約320万人
国連安保理決議ゼロ:20件すべて
米国内で戦争犯罪裁判:0件 チョムスキー直筆メモ(2022年3月)
「これが“ルールに基づく国際秩序”の正体だ。
ロシアを非難する前に、鏡を見よ。
鏡に映るのは、もう一つの超大国——
忘れられた戦争犯罪の帝国だ。」
8.では、どうすればいいのか?
チョムスキー最後の警告:
「核戦争の時計は“午前零時100秒”。
人類史上最も危険な瞬間だ。
必要なのは“現実的な外交”だけ。
- ロシアに“面子を立てる出口”を与える
- ウクライナに“中立化”を保証する
- NATOを“冷戦遺物”として解体する
アメリカが“例外主義”を捨てれば、世界は変わる。
歴史は繰り返す。次は核で終わるかもしれない。」
結論:超大国は鏡を見よ
ロシアの戦車がキエフ郊外を進む映像に、私たちは怒りを覚える。
だが、チョムスキーは問う——
「イラクの街が焼かれた時、あなたは同じ怒りを覚えたか?」
「リビアの奴隷市場を見た時、同じ涙を流したか?」
国際法は“強い者”には適用されない。
それが冷戦後の現実だ。
だからこそ、忘れられた超大国の戦争犯罪を記憶しなければならない。
記憶なき正義は、ただの復讐にすぎない。
――ノーム・チョムスキー、93歳。
彼の声はまだ届いているか?
それとも、私たちはまた“次の戦争”を選ぶのか?(了)